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突然、眼前を覆う暁の光。
竜の白光が、赤と金の煌めきとなって視界一杯に乱舞する。
「……親方」
耳元で囁かれたのは見習いの声だ。暖かい息が首筋にかかり、厳冬の稜線に佇むエナムスに吹き下ろしてきた。それは、あの河での死の淵から己を呼び戻した命の息だ。目覚めた目に映った色――光。暁の輝きと蒼天の青。
それは、かつて彼自身が呪ったものだった。――竜の玉座、竜の大路。
若者の声が更に降りてくる。
「呪いは解けます……必ず解ける。解けない呪いは無い!」
それは今まで聞いたこともない言葉だった。理解することは叶わなかった。何を言っているのか意味すら分からない。
ただ――あのウリトン川での夢見の竜との最初の出会い以来――いや、この若者との最初の出会い以来、それまでのエナムスにとって、考えられない出来事の数々が思い起こされた。
大王牛のことにしても、浮き岩台地の出来事にしても――お前らしくないと言ったのは、カラックかマルキウスか。
『親方』と呼ばれる、その一声一声を、自分の心がどれほど喜んでいたか。
そして、胸にあの冷たさが蘇った後にさえ、自分は笑ったのだ。心の底から――笑うことができた。
呪いの下にある身が、忘れるほどの絶望を抱えて、これほどの不思議があるだろうか。
そこで漸くに気付く。この若者が、彼にとって奇跡そのものだということに。
エナムスは右手を上げて、彼を正面から抱きしめるアシェルの髪に、指を梳き入れた。頬をそれに寄せ、小さく息をつく。得物を投げて以来、止まっていた呼吸が戻ってきた。
しかし憤る竜の目には、彼の呪いの山刀が深く突き刺さったままにある。
その時、三台目の重機兵の上部入り口で、竜によって眠らされた兵士の体が大きく揺らいだ。そのまま操縦席へと落ち、入力鍵のまだ抜いてない重砲の発射桿に、その腕が当たる。
砲口が白熱し、火球が放たれた。
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