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空気が短く鳴り、閃光と爆風が轟く。
再び竜が咆哮した。だが、聞く耳を圧し大気が砕ける程のそれは、前の比ではなかった。
衝撃に地に投げ出された調達人達が見上げる前で、巨体が大きくよじり、尾が弧を描く。光の滴を振りまきながら首が宙に揺らぎ、苦痛の叫びが天を引き裂く。その翼は醜く焼けただれ、背中の肉は深くえぐられていた。
のたうつ前肢の鉤爪が一旦上がり、剣のように斜めに振り下ろされる。それが目前に迫るのを捉えたエナムスは、起き上がりかけた見習いを突き飛ばし、素早く体勢を整えた。構えようと反射的に腰の後ろに手を回したが、握るべき得物は無い。一瞬の混乱に動きが止まる。
振り向いた彼の胸元を、白銀の輝線が切り裂いた。
「エナムス!!」
叫んで駆け出したカラックの後を、タニヤザールは大剣を片手に追った。長身の竜騎士達が人とも思えない速さで走り寄ると、見習いが朱にまみれた親方の上半身を抱きあげ、悲鳴のようにその名を呼んでいた。
「親方! エナムス親方!!」
一方苦しみの悶えの中にあった竜の目にも足元の出来事が映った。残された真紅の眼がひたと彼らを捉え、再び前肢が上げられる。
「カラック、急げ!!」
言われるより早く、弟子は有無を言わさずアシェルからエナムスを引き離した。咆号の一声を上げてその肩に担ぎ、竜の間合いから逃れようと駆け出す。タニヤザールも自失状態の見習いの手を取り走りだしたが、目の端に竜の鉤爪が入ると、顧みざまに大剣を抜いた。
カラックの背後で、裂帛の掛け声と重い剣戟の音が響く。振り返りたい思いを必死に押さえ、ステージを跨ぎ越した先には竜使いが待っていた。その足元に下ろしたエナムスの頬を軽く叩き、返ってきた小さい呻きで、少なくともまだある生に安堵する。肩越しに目をやると、アシェルの手を取ったタニヤザールがステージを越えてこちらに向かっていた。
「……あれを受けたのかよ」無事な姿を認めて、思わず口をつく悪態。「あんただって十分人間外だぜ」
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