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竜の体は今や月色の輝きから、光を全て失わせる暗黒の闇色に沈んでいた。光が一切閉ざされているのに、見えるのが不思議だった。竜は苦しみに身悶え続け、そのたびに尾は大地を叩き、四肢の鉤爪が空を裂いた。
やがて、銀の滴の代わりに忌わしい漆黒が、重い霧のように地を這い始める。それは見る間にステージを越えて流れ来ると、彼らを押し包んだ。最初に竜使いの膝が折れた。落ちる彼女を支えようとしたタニヤザールも、そのまま地へ崩れた。
「え……おい!?」
カラックが驚いて竜騎士を抱き起すと、薄く開いた銀の目が微かに笑う。だが、上げられた手が弟子の頬に向けられた途端、がくりと全身から力が抜けた。愕然として口元に耳を寄せ、首筋の脈を探ったが、何の反応もない。
「え……ちょっと待て、おい!! センセー!」ヴァルドは恐慌を起こして、その耳元で叫んだ。「やめてくれ! 冗談じゃねぇ! ――タニヤザール!! ネヴィ!!」
荒い息で顔を上げると、調達人見習いの上半身が黒い霧の上に浮かんでいて、茫洋とした青い目が竜騎士達を見詰めていた。その口から、低い呟きが漏れる。
「あらゆる者に死をもたらす、竜の呪いです」
カラックの頬が、強張り震えた。
「じゃあ、どうして俺は……俺とお前は生きているんだ?」
若者の顔に、この場に不釣り合いな優しい笑みが現れた。
「元締は、試練の業火を潜り抜けたから……」ゆっくり立ち上がり、竜を仰ぐ。「俺は、これからしなければならない事があるからです」
……として――と続けたが、カラックには聞き取れなかった。
重く流れる暗黒をかき分けながら、若者は竜に向かって歩み始めた。
――しなければならない事がある。
「アシェル!」以前、見習いが言った言葉を思い出し、カラックはその背に声をかけた。若者が振り返る。「……そいつをするとどうなるんだ?」
アシェルは再び微笑んだ。
「竜の呪いが解けます」
弟子は腕に抱く竜騎士に目を落とし、頬に手を触れてから、また顔を向けた。
「……うまくいくのか?」
「たぶん」
「また、『たぶん』か……」
元締が呆れたように呟くと、見習いは頷いた。
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