88人が本棚に入れています
本棚に追加
「これから何をするのか、知らないんです……すべき事は、竜が教えてくれる。元締」
アシェルの顔に、初めて苦しげな表情が浮かんだ。何か言いかけたが途中で目を閉じ、浅い早い息に肩が小さく上下する。やがて青い瞳が開いた。
「また、会いたいです」
――アシェル……
ヴァルドの口が声なくその名を呼んだが、再び竜に向かった若者はもう振り返えらなかった。
暗黒の色をした竜は、弱りながらも依然呪いの咆哮を放ち続けている。
アシェルはステージを越え、先ほど駆け抜けて来た道筋を、真っすぐ戻って行った。彼に気付いた竜が暗い赤い目を向け、咆哮ではなく高い響く唸り声を上げた。四肢を踏みしめて、苦痛に地に伏していた体を持ち上げ、首を高々に伸ばすと誇り高く彼を見下ろす。しかし翼は焼けただれに小さく縮まり、その背は無残な形を晒していた。
竜の正面に来ると若者は足を止め、目を細めた。顔の前に上げた両手を広げ、親指と中指の先を合わせて形を作り、差し出すように高く掲げる。
大きく息をつき、彼は口を開いた。
「聞け、イディンに叫ぶ者よ……これは、竜からの歌」
作られた手の形から、いきなり黄金の光がほとばしった。それは見る間に膨れ上がり、アシェルの全身を包むと、火花を放ちながら竜へと伸びて行く。
遠く離れていても、カラックには彼の姿の隅々まで、はっきり見ることができた。なによりもその言葉に於いては、満ちる大気のすべてに響き渡った。
聞け、イディンに叫ぶ者よ。
これは、竜からの歌。
イディンは叫びに満ちている。
喜び、悲しみ、そして怒り。
人よ、決して怒ってはならない。
イディンの報いは、その身に及ぶ。
怒りは火のように焼き尽くし、
憤りは返る万本の刃となる。
そこには永劫の滅びだけがある。
………
最初のコメントを投稿しよう!