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* * *
「ゴンドバルの動きが不穏でございます」
給仕長が囁いた。
ラスタバン王は、手元の魚料理から目を離さず答える。
「不穏な動きは、今に始まったことではあるまい」
白身魚を上品に仕上げた最後の一口を運びながら、言葉を続ける。
「どだい、ゴンドバルの存在自体が、このイディンにとって不穏そのものだ」
「いえ、今回はかなり具体的な動きで」
給仕長タニヤザールは、王の横で細い体を伸ばした。テーブルの置かれたテラスからは、満開に咲き誇る中庭のチェアリが望まれ、まるで薄紅の雲の上にいるようだ。給仕が気配もなく背後から、空になった皿を片づけていく。王は口髭に着いたソースをナプキンで拭った。
「では、姫達のファステリア訪問に関係があると?」
「おそらくは」
タニヤザールが左手を上げて合図を送ると、脇にいた異国風の給仕が音もなく進み出た。手にしたベオル酒を王のグラスに注ぎ、また静かに元の場所に戻る。
「しかし訪問は取り止めにはできんぞ」
「それは、わかっております」
「警備を厳重にせい」
「あまりに重々しいそれでは、先方に失礼かと存じます。また姫様方も、お心安からずお思いになられるかと」
ここまでくれば、給仕長の言いたいことは分かっている。
ベオル酒のグラスを口にしたところで、海から風が吹き寄せ、王宮の壁を伝ってチェアリの重い花枝を大きく揺らした。雪のように乱れ飛ぶ花弁がテラスまで上がり、数枚がクロスの上でくるくると回る。その可憐さに花のように育った上の姫を思い、王の顔がほころんだ。
「お前の思う通りにして良い」
本日昼食のメインディッシュが運ばれた。スパイスの香りが殊更食欲をそそる王の好物、野趣あふれる山ウズラの煮込み。彼の表情が満足そうに緩む。
「そのための『給仕』だ」
言い添え、ナイフで切り分けた一口が嬉々として口へ運ばれる。が、幾度か咀嚼を重ねる内に眉が寄せられ、小さな唸りが漏れた。
「かしこまりました」
タニヤザールは身を折るように軽く白銀の頭を下げ、そして付け加えた。
「材料の吟味は、ことさら厳しくするよう調達人に申しつけておきましょう」
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