第一章 零・とある彼の者話

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 若紫初姫(わかむらはつひめ)は、決して自分を語らない。    それは自身の十八年にも及ばない人生が語るに足らないものであると、彼女自身が極めて確固たる意思と努めて確然とした意志を持って自覚しているからであるし、また何より、そんな彼女にとって自分とは自らの為にあるものではなく、他人の傍にいてこそ初めて存在するものだからだ。  自分では何一つ光を発しない。他人という灯りの傍でこそ存在が許された“影”としての役割。誰かの代わりではなく、誰かに依ってでしか世界に介入できない脇役としてのロール。  それは彼女が、自身に科した枷(かせ)だ。罪には罰を。罰には反省を。反省には贖罪を。贖罪には罪人を。罪人には、枷を。  存在そのものが罪であると、誰かが言った。彼女はそれに納得した。受け入れたからこそ、自らを鎖で縛った。  存在するだけで他を傷つけるというのなら――他に依ってでしか存在できない自分になればいい。  そんな傍目(はため)からは破綻しているとしか思えないような、ともすれば狂気の沙汰さえ取られてしまいかねない理論を、当時まだ十歳であった彼女は、本気で倫理として信じていたし、また今日(こんにち)まで一度も曲げることなく貫いてきた。
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