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「本当のことを言うとね」
「んっ?」
「今日は、あたしの誕生日なのよ」
朱美は、そう囁いて、グラスを掲げた。
「えっ? そうだったのか? だからか? そうか……おめでとう」
僕は、朱美のグラスにタンブラーのふちを合わせた。
カチンと小さな音が響く。
「幾つに……僕と同じだから……えっ」
朱美は赤い唇に人差し指を当て、肘で僕を小突いた。
「ありがと」
朱美は僕を視て口角を上げる。
彼女も僕も共に四十代の半ばにさしかかったのだ。恐らく女性としては素直に喜べない誕生日だろう。
だが、僕の眼には若い頃の彼女よりも成熟した今の朱美に、より蠱惑的な魅力を感じる。
なぜだろうか?
「今日は奢ってね」
彼女は、そう囁いて僕を視た。黒目勝ちの優しい眼だった。
「うん。もちろんだ」
朱美から、奢ってと言われて悪い気がしなかった。
若い時の彼女なら、こんな言い方はしない。いや、彼女の性格から推して、恐らく今でも誰かに安易に甘えたりはしないだろう。
朱美と僕は互いに気を許せる同僚であり、異性でも気兼ねなく話せる稀少な相手なのだ。
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