スローテキーラ

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「迷ってるの」  朱美が切り出した。 「んっ?」 「取引先の総務部長……柳原さんて言うんだけど、誘われたのよ。あたしが独身だと知って」 「えっ?」 「宴会の席でウチの部長が……高梨さんがトイレに立った隙に」 「ふーむ」 「離婚したらしいの。あたしも離婚歴があるし、与し易い(くみしやすい)とみたんじゃないかしら」  朱美は、そう言ってグラスを空けた。 「だけど立場が、どうとかじゃなくて、問題は君の気持ちだろ?」 「悪い人じゃないのよ。正面から切り出したのだから紳士的だと思うわ。あそこまで登って来たのだから能力も高いのよ。結婚すれば、きっと安定した生活は出来るのよ。でもね……」  彼女のグラスが空になったのに気づいて僕が注文しようと思った時だった。 「青い珊瑚礁です」  朱美の前にカクテルが置かれた。  青く澄んだ液体の中にチェリーが沈んでいる。 「あらっ! きれいっ! ありがとう」  マスターは常に客への目配りを欠かさないようだ。  朱美は、青いカクテルに口をつけた。
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