57人が本棚に入れています
本棚に追加
コートを互いに着せかけて僕等は店を後にした。
広い歩道の正面に時計台が見える。21時を回ったばかりだった。
バス停には列を為して駅の階段下まで人が並んでいる。
「香織ちゃんには、連絡しなくていいの?」
朱美は、僕の顔を覗き込みながら訊いて来た。
「うん。今年から大学近くのアパートで自活を始めたんだ。今日は友達の所に行くと言ってた。週一で顔を見せる事になってるから明日、来るつもりなんだろう」
横断歩道の信号が赤に変わったところで、僕は煙草を手に取った。
「じゃあ今日は遅くなっても平気ね。良かった」
朱美は嬉しそうな表情を浮かべて腕を組んで来た。
こんなに潤んだ瞳でまともに視られては男として今更、引く訳には行くまい。
彼女が身を寄せて来た時、かぐわしい香水と供に女性の体臭を感じた。
「部長はね」
「んっ?」
「高梨部長は、あたしの処遇に困ったんだと思うわ」
「困った? どうして?」
「あたしを女性管理職として課長に据える訳には行かないのよ。ウチのような業界には、そぐわないでしょ?」
「そうかな?」
「そうなのよ。ただの秘書なら私でなくても、もっと、お給料の安い若い女子社員で事が足りる。あたしを部長補佐に据えたのは高梨さんの温情なのよ」
最初のコメントを投稿しよう!