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信号が青に変わり、歩き出しながら朱美は話し続ける。
「ふむ……いや、単なる温情とは思わないけどな。部長を補佐する仕事は、それなりのスキルを要求される」
「ええ、それはね。気の利かない補佐なら却って足手まといになるわね。でも、あたしが秘書の立場を越えて余りに気を利かせれば、副部長の立場がなくなるわ。つまり副部長の存在感……と言うより存在の意味を問われる」
「ああ、そういうことか」
「だから、あなたを呼んだのよ」
「えっ?」
僕には意味が判らない。
「わからない? あなたは奥さんを亡くした。香織ちゃんは大学へ入学した。身軽になったでしょ?」
「うん」
「このタイミングで、あなたを本社に呼び戻したのは、そういう意味なのよ」
「そういう意味とは?」
「放っておけば、あなたに新たな女性関係が出来るかも知れない。本社内に居れば、あたしと自然に接触するでしょ?」
「えっ? 部長は、そこまで読んでるのか?」
「あなたがあたしを貰ってくれれば、部長補佐を解消出来る。補佐ではなくて、ただのセクレタリーに変えられる。そうなれば結果的に副部長の顔を立てることにもなるのよ」
「待ってくれ。それは高梨部長の……しかし、それは……」
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