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「らっしゃい!」
威勢のいい挨拶が飛んで来た。
「あそこがいいわ」
朱美はカウンターを避けて左手奥の小上がりを指差した。
「蒸し返すようだけど、僕の事で迷いがあると言うのは、どういう意味なんだろうか?」
「ええ、それはね。あなたが、あたしをどう見てるかってことよ」
「どうとは?」
「新しい恋の相手として、あたしを思い出してくれるかしら? もし、そうなら柳原さんに早い段階で、お断りできるって……でも」
「うん。そういう事か。じゃあ、はっきりさせよう。君を好きかと問われれば、好きだ。ただ、当面は再婚を考えていない」
「ずいぶん、はっきり言うわね。でも、なぜ? 何かと不自由でしょ?」
「由香里との約束なんだ。『女性と遊んでもいい。だけど香織の眼に触れないように遊びなさい。香織が社会人として独り立ちするまでは再婚しないでね』と言われた。これは、糟糠の妻(そうこうのつま)との約束だから違える訳には行かない」
「糟糠の妻を持ち出すなんて狡い。そう言われたら、あたしは何も言えなくなる。知り合ったのは、あたしの方が早いのに」
「今日は君のところへ泊まるよ。だけど、この話は、ここまでだ」
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