第一部・悠子と巧

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まず二階席前列の真中辺に詩人の谷川俊太郎がいた。このことについて悠子は何かしら奇遇を感じた。実は今日、上野駅構内にアメリカではミッキーマウスよりも認知度が高い四コマ漫画のスヌーピーやチャーリー・ブラウンで有名な「ピーナッツ」のグッズを扱った店ができていて、悠子も可愛らしいので、お土産にそのマグカップを買ったばかりだったのである。その「ピーナッツ」の日本語の訳者が谷川俊太郎なのであった。そして悠子の席である二階席の最前列には、作家の大江健三郎の息子で作曲家の大江光の姿があった。彼は障害者ではあったが美しい音楽を作曲する才能があった。それに嬉しいことには、悠子の二列斜め前の席には若手ギタリストとして実力派の鈴木大介と大萩康司が来ていたことであった。ふたり共に自己のCDの中で武満作品を取り上げていた。ステージに立つとオーラを発するふたりであったが、鈴木は黒のシャツに同色のジャケット、大萩はポロシャツといった、一般の客に混ざってみてもその地味な服装のせいもあって、どこにでもいる青年に思えた。演奏会は第一部が武満作品で第二部は南米の作品を弾くことになっていた。
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