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寒い。日差しは既に上から注ぐ時間になっていた。
ベッドから出て部屋の寒さに驚くが時間はいつも通りだった。昨日となんら変わりはない。
ざらついた口のなかを舌でなぞり流し台へ行く。蛇口から出る水をコップも使わずに口へ流し込み、勢い良く濯いで吐き出す。
可愛いげのない落ち着いた色合いのアパートの一室を見渡して昨日の記憶を探す。しかし見つからない。ただ、昨日も同じ様に部屋を眺めた気がする。はっきりと思い出せない自分に嫌気がさす。
部屋に呼び鈴の音が響いた。宅配便か宗教の勧誘だろうと思い玄関を開ける。
「こ、こんにちは。隣の里仲です。」
綺麗な声に華奢な体つきを見て少し懐かしく感じた。何が懐かしいのかは分からなかった。見た目は同年代だ。
どうも。そう小さく返すと彼女はこちらの顔色を窺うような笑顔で恐る恐る質問をした。
「昨日の約束覚えていますか?」
頭が真っ白になる。昨日のことなど何一つ思い出せないのに、約束など以っての外だった。
すいません。昨日のこと良く覚えていなくって。なんて情けない言葉なんだろうか。頭に反芻する数々の言い訳。いつの間にか眉間にはしわが寄っていた。
「昨日はひどく酔っていたから覚えてなくて当然ですよ」
彼女の暖かい笑顔と言葉に少し心が落ち着いた。
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