来訪者

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 「君かい?」  静かに聞く。  彼女は返事をしない。図星か。そう思い顔をあげて彼女の顔を見ると、目には涙を溜めていた。口は堅く結ばれたまま。  やはり。彼女は僕の記憶が無いことを知っている。だからこんな表情をしているのだ。恐らく後悔や罪悪の涙だろう。僕が真実に気づいた今、全てが終わるはずだ。  「そうよ。私よ」  涙声の答えを耳にした瞬間に視界が暗闇に覆われた。抱きしめられていた。  温かい。懐かしい匂いが鼻をくすぐり、心を癒す。疑問に渦巻く内側は落ち着きを取り戻し、僕は身体を預ける。  「愛してるの」  「ああ。僕もだよマユリ」  マユリというのは恐らく里仲の下の名前だ。そして僕は彼女を、マユリを愛してるらしい。  知らないが分かる。この身体が覚えているのだ。  一つの仮定が生まれる。それが真実だとしたらどれほど残酷な運命なんだろうか。  僕の記憶は毎日消える。原因までは分からないが、事故か病気だろう。そして真由莉は僕の恋人だ。だから僕の記憶のことを知っていた。それを逆手に取り、昨日の約束を作り上げて僕の部屋を掃除しに来続けている。だから掃除機の場所も掃除の方法も知っていたのだ。涙の理由もきっと───。  「大丈夫だよ。それが真実だから」  諭すように耳元で優しく言われた。
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