始まりはいつだって突然だ。

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「ありがとう」 笑顔で名刺を受け取った様子を見て、漸く俺は相手の素性を何も知らないことに気付いた。 なんて間抜けなんだと内心自戒しつつ尋ねることにした。 「そういやあんたはお客さんかい?」 「ええ、此方の工場長さんと知り合いで、車のメンテナンスをお願いしてたの」 「そういやそんなお客が来てるって言ってたな。 お世話になります」 今更ながら、作業帽を取り挨拶した。 そんな様子を見て、女性は苦笑しつつ 「別に構わないわよ。 面白いお話も聞けたことだしね」 そう言った。 いやぁ、理解のある人で助かった。 結構言葉遣いでオッサン(工場長)には喧しく言われるからな。 折角だし自己紹介しとこう。 「あっ、俺、水嶋瑞希って言います。 よろしく」 「クスッ。 私は小林伊織よ。 こちらこそよろしくお願いするわ。 長い付き合いになると思うし」 そうして手を差し出してきた。 「いや、今まで作業(もとい改造)してたんで油まみれなんで」 申し訳なく握手を断ったのだが 「構わないわ。 私はそういうことは気にしないの。 だって、頑張ってる人の手を、多少汚れてるってだけで敬遠するのって返って失礼だと思うから」 「そんなもんすか?」 「ええ」 「じゃあ」 俺は余り考えもせず小林伊織さんと握手を交わす。 そう、このときの俺は「長い付き合いになると思う」という意味を全く理解していなかった。
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