等号の不等

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私たちの世の中は利己心や自己防衛や自己中心的主義で溢れている。 そして、それらから優しさが生まれ思いやりが生まれる。 優しい人だ…… そう感じることがあるが、それは本当に優しさなのか? 作られた嘘ではないか? 思いやりがある人 果たして本当にそれは思いやりか? 偽りの姿ではではないか? 等号とされてきたものが不等とされ、 不等とされてきたものが等号とされる。 それがこの世の中ではないか? 欲望に染まり、他者を顧みず、自分のみを可愛がる。 自分はそうではない。 そう言える人間がいるだろうか。 いや、どの歴史を探しても博愛者は居ないだろう。 もし、言える者がいたら私は間違いなくその人を偽善者だと罵るだろう。 等号とされてきたものが不等とされ、 不等とされてきたものが等号とされる。 さすれば、優しさとは、思いやりとは、何であるのか…… .
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