【あの頃】

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 家に着いたのは朝方6時位だった。玄関を開けて部屋へ向かう。 『お帰り』  意外にも優しい母ちゃんの声に驚いた。 『……ただいま』 『風呂入らんね、父ちゃんがさっき沸かしてくれたけん』 『えっ……』 『なんだよ、最後に優しくすんな』  照れ隠しだった……。  本当は嬉しかったんだ。  風呂に入り、荷物をまとめる。 『これ、少なかけど……』  母ちゃんが茶封筒を差し出す。 『……ありがとう』 『行く前に言うのもあれやけど、奨学金は毎月入れとかんね』 『あぁ、わかっとるけん、心配はいらん』 『悪かね……なんもしてやれんくて……』  母ちゃん今更……やめてくれ……  そう思いながらまとめた荷物を玄関へ運んだ。 『タクシー呼んだけん』 『うん』  港までは歩いて行ける距離ではなく、親父も母ちゃんも車の免許は持っていなかった。だから、贅沢にもタクシーを呼んでくれていた。  玄関の上がりカマチに腰を下ろす。  土間に、真っ白なスニーカーが揃えて置いて合った。  その白は眩しく輝いていた。 『父ちゃんが昨日買いに行ってくれたとよ……』  後ろを振り返ると母ちゃんの目から涙が遠慮無く零れ落ちていた。 『父ちゃん!タイヨウが行きよるばい、早よう来んね!』  俺を見送れと母ちゃんが親父を急かす。  真新しいスニーカーの紐を結びながら、俺も遠慮なく涙を零していた。  二人して最後に優しくすんなよ……  そう、心の中で呟きながら嬉しさを隠していた。 『気をつけて行きよ』 『……うん』  親父の目からも遠慮無く涙が零れていた。  初めてだった……。  親父の涙を見たのは……。 『今日のお前は格好よかったけん……』 『えっ!』 『あんたのライブを父ちゃんと少しだけ見に行ったとよ』  母ちゃんが鼻を啜りながら言う。  肩が容赦なく震え出す。  玄関を開けて家を出た……。  暫く涙が止まらなかった……。       [完]
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