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婆ちゃんは丸めた背中を伸ばしながら、クシャクシャの一万円札を俺の手の平の中にねじ込む。
『婆ちゃんが使えばよかよ、俺は大丈夫やけん……』
独り暮らしの婆ちゃんの生活は楽ではなかった筈だと知っていたから、気持ちだけ受け取り、クシャクシャの一万円札を婆ちゃんの手の平へと戻す。婆ちゃんの暮らしぶりはこのクシャクシャの一万円札が語っているようにも感じた。
『タイヨウが小さい頃から今まで、婆ちゃんらしい事をいっこもしとらんがよ、じゃけん受け取らんね……婆ちゃんの事は気にせんでもよか』
また、俺の手の平の中にクシャクシャの一万円札が戻ってくる。
『……ありがとう』
受け取ったクシャクシャの一万円札をポケットにねじ込んで、婆ちゃんを背に約束の場所まで歩き出す。
振り向く事はなかったが、婆ちゃんが俺の背中を見送っている姿が頭の中に移し出されていた。
約束の八時にライブをやった喫茶店でバンドのメンバーと盛大に打ち上げをした。
高校生活を振り返っては笑い、懐かしみ、泣き、そして静かに語る。
数年後、このメンバーで集まり浜省をしこたま語って、またバンドを結成しようと硬く誓い合った。
最高で最強のバンドだったと面々の顔を焼き付けて、生涯、決して忘れる事のない面々だと感じていた。
ライブを録音したカセットテープを喫茶店のマスターから受け取り、メンバーに別れを告げて家路へと歩く。
外はうっすらと夜が明け始めていた。
海岸線を独り歩く。
波の音を独り占めして、湿った風を浴びながらゆっくりと歩く。
数々の想い出達が頭の中を賑やかに走り抜けては鼓動が飛び跳ねる。
いよいよ、この島と暫しの別れ……
足を止めて海を眺めていた。浜省のメロディーが頭の中を通り過ぎる。と、同時にメロディーを口ずさむ。
希望と夢に不安を覚える。想い出が味方してくれる……。
明日に向かって……。
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