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「月が綺麗だな」
鶯張りの廊下に腰を下ろし、上を向いて惚(ほう)けたまま、知らず口が動いていた。何気なく紡がれたその言葉は、庭に静かに響く。
「月並みな言葉だね」
そう言ったのは俺の右隣に座って団子をほうばる女。
女と言えば語弊がある。兎か。人間の女性の姿をしていながら、兎の耳に兎の尻尾をつけた不思議なやつ。もう付き合いも随分長いから見慣れた。今日みたいな満月の日に、決まって団子を持って俺の家の庭に姿を見せる。何でも月から来たそうだ。
「月だけにな」
「相変わらず言葉遊びが上手いね、少年」
「俺はもう今年で三十だ」
「私からすればまだ少年だよ。大きくなりたまえ」
真っ白な髪を揺らしつつ、にへらと彼女は微笑み俺の肩をぽむと叩く。ぎい、と床が軋む。
湯飲みにお茶を注いでやると、ずずーっと一気に飲み干した。熱くないのか。
「君が淹れるお茶は美味しいね。月じゃ不味い酒しかないから助かるよ」
「そりゃどーも」
軽く流し、団子を口に含む。相変わらず美味い。月で兎は餅をつくと昔から言われていたけれど、実際にこうして食べているのは俺くらいじゃないだろうか。
「で、酒も呑むんだろ」
そう言って予め用意しておいた焼酎を前に出してやる。赤い瞳をぱっちり開き、驚いてますと言わん顔だ。
「殊勝だね。いつもは嫌がっているのにどういう風の吹き回しかな」
「俺だって呑みたくなる時はある」
「酒は嫌いと前に云っていたろう」
「これはとっときのだからな」
「へえ」
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