満月と兎と

2/3
前へ
/3ページ
次へ
「月が綺麗だな」  鶯張りの廊下に腰を下ろし、上を向いて惚(ほう)けたまま、知らず口が動いていた。何気なく紡がれたその言葉は、庭に静かに響く。 「月並みな言葉だね」  そう言ったのは俺の右隣に座って団子をほうばる女。  女と言えば語弊がある。兎か。人間の女性の姿をしていながら、兎の耳に兎の尻尾をつけた不思議なやつ。もう付き合いも随分長いから見慣れた。今日みたいな満月の日に、決まって団子を持って俺の家の庭に姿を見せる。何でも月から来たそうだ。 「月だけにな」 「相変わらず言葉遊びが上手いね、少年」 「俺はもう今年で三十だ」 「私からすればまだ少年だよ。大きくなりたまえ」  真っ白な髪を揺らしつつ、にへらと彼女は微笑み俺の肩をぽむと叩く。ぎい、と床が軋む。  湯飲みにお茶を注いでやると、ずずーっと一気に飲み干した。熱くないのか。 「君が淹れるお茶は美味しいね。月じゃ不味い酒しかないから助かるよ」 「そりゃどーも」  軽く流し、団子を口に含む。相変わらず美味い。月で兎は餅をつくと昔から言われていたけれど、実際にこうして食べているのは俺くらいじゃないだろうか。 「で、酒も呑むんだろ」  そう言って予め用意しておいた焼酎を前に出してやる。赤い瞳をぱっちり開き、驚いてますと言わん顔だ。 「殊勝だね。いつもは嫌がっているのにどういう風の吹き回しかな」 「俺だって呑みたくなる時はある」 「酒は嫌いと前に云っていたろう」 「これはとっときのだからな」 「へえ」
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加