満月と兎と

3/3
前へ
/3ページ
次へ
 肩を竦め、口端を軽く吊り上げられた。栓を開けて盃に注ぐ。こいつのは持参してきたやつ。俺の二倍くらいはある。 「そういえば君の妹はどうした。いつもなら私が来たら隣に座っていたろう」  満月を見つめたまま、俺に視線を合わせずに言葉を飛ばす。三角座りと胡座が混ざった座り方はいつも通り。  俺も満月を見つめたまま、酒を呑んでぽつりと呟いた。 「死んだよ」 「……。……そうかい」  その時盗み見た彼女の表情は、今まで見たことのない顔だった。いつもの微笑の中に、寂しさや哀しさ、色んな感情が詰め込まれていた。俺もきっと、似たような表情をしていたかもしれない。 「少年は悲しくないのかい」 「……俺ももう三十だ」 「……そうだったね」  何で死んだとか、どんな様子だったとか、彼女は何も訊こうとしなかった。きっと、俺の胸中を見透かしていたんだろう。だからこそ、ありがたかった。 「次はいつ満月かな」 「さあな」 「今度は月の酒も持ってきてあげるよ」 「いらねえよ」 「そう云うな。大サービスだぞ」 「はいはい」  彼女が取ろうとしていた最後の団子を奪い取る形でぱくり。彼女は膨れっ面になっていた。月に住む人ってのはこうも表情豊かなのか。 「とっときと云うだけあって美味いね」 「……」  酒は気付けば残り僅かだった。俺は殆ど呑んじゃいないっていうのに。  ……まあ、いいか。 「少年」 「何だ」 「月が綺麗だね」 「……ああ」  綺麗だ。本当に。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加