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それにしても、あのせせらぐ小川や風光明媚な山の背景にすっかり溶け込んでいた見るからに薄幸そうな女性が、そんな格言を言ったことに太一は若干の疑問を感じた。
が、人は見かけに寄らないなんてことはよくある話だ。
人の個性をとやかく言う意味はない。
それよりも今優奈に聞きいておきたいのは常盤沢江の現状だ。
「なぁ常盤」
「優奈でいいよ。あ、親しみを込めてゆうたんでもいーよー」
「なぁゆうこりん」
「誰やこらー」
冗談目かしく言うのはここまでにしよう。
太一は一息間を空けてから尋ねた。
「優奈のお母さんって今ど--」
「ああ!!いらっしゃった!いらっしゃった!」
「あり?女将さん…」
二人の会話に割り込んできたのは旅館の女将さんだった。
緩い傾斜になっている旅館側の方から、艶やかな着物姿でこちら側に駆け足をしている。
いわゆる若女将というやつだろう。年は三十代前半くらい、走り方からして学生時代は陸上でもやっていたようだ。
「何か用ですかー?」
「え?ああ、うん。でも用があるのはゆうたんじゃなくてそっちの人の方」
「え?俺っすか?」
ゆうたんが本当に浸透していることに驚きながらも、太一は女将さんの手に何やらオレンジの重そうな旅行鞄型の袋が握られていることに気づいた。
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