112人が本棚に入れています
本棚に追加
(とか難しいこと考えなくてもこれがベストアンサーだってことくらい早く思いつけよ、俺)
お陰で背中は未だにむずがゆい感じがする。
足もくたくただった。
「ねえ師匠、拝啓?」
「父上様」
「じゃあ前略だね」
「オイまだその段階かよ」
しかし、太一はフンと鼻を鳴らすと再び穏やかな表情で優奈の手紙を見た。
『前略、おかあさん。』
そこはお袋様だろと笑ってから続きを読む。
『私はお母さんが大好きです。』
『すごくすごく大好きです。』
『いつも朝はちゃんと起こしてくれるから私は寝坊したことがありません。』
『ごはんもすごくおいしいし、だから大好きです。』
素直すぎるくらい素直で稚拙でそれでいてバカっぽくて…
それでも必死に言葉を紡いでいく少女を、さっきはよくもなんて目で見ることはできなかった。そうしようとも思わなかった。
太一はただ緩やかな時間の流れに身を置いて、開いた障子から入ってくる森の匂いを胸一杯に吸い込む。
外はほんのり赤くなり、濃い影が緑のコントラストを端から端まで覆い尽くしていた。
リンリンコロロ…と季節はずれの虫の声。
もうすぐ夜が来る。
自然の姿になんら趣向を持たない太一ですら今は耳を澄ましてそれに感じ入っていた。
最初のコメントを投稿しよう!