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「さて森に帰るか……とか思ってたんだけど」
「奇遇だね。俺は部屋に帰ろうと思ってたところだよ」
談話室を出てから数歩。
太一はミサに出くわした。浴衣姿がイヤに映えている。
取り分け幼さを全面に貼り付けたその相貌は、見る人が見ればそれなりの反応が期待できるだろう。
「何か用か?」
太一の口振りはややぞんざいだった。
やはり昨日の今日で彼のやり方を認めることはできない。
現に自分は彼女を助けるために働きかけているが、目の前の男は一体どうなんだと思うと沸々と湧き上がる感情があった。
「ちょっとお知らせというか。まあ大したことじゃないけど」
「勿体ぶるなよ」
「ライブは明日の夜七時にすることにした」
「…そうか。確かに大したことじゃねーな」
要は偽善行為の日時が決まったに過ぎないのだろう。
取るに足りないことだと一蹴し、太一はわざとらしく体を反転させた。
「それともう一つ。ライブのことを優奈ちゃんに教えておいてくれないかな?」
「了解了解」
言いながらも彼の足取りは止まることなかった。
何より居心地が悪い。
さすがに逆上して殴りかかるような気分ではないが、無駄に張り詰めた緊張感が不快だった。
ミサも特に言及することなく「じゃあそういうことで」と言って自分の部屋に戻っていった。
(そういや昼飯の礼言っといた方が良かったか)
ふと思い出し足が止まるが、彼の姿はすでに廊下の角に消えていた。
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