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「ミサだ」
「……女名?」
「通り名に男も女もねーから。じゃあな潟滝君」
言ったっきりミサと名乗った男は振り返らなかった。
ガシャガシャと背負ったギターケースが上下に揺れる。
どこからかサイレンの音が聞こえる。パトカー特有の絶え間ない轟音だった。
今は誰もいないエントランスにも直に騒ぎを聞きつけた青服が集まることだろう。
俺も……帰るか。
もう学校に行こうなどという気概は湧いてこない。
太一は二、三度ホームの方を振り返って、やっぱりこのまま帰るのも悪い気がしたから手を合わせて一礼。
「じゃあ俺も帰ります」
誰に言ったわけではないが、彼は足早にその場を後にする。
不思議なことに時間差数分としていないにもかかわらず、ミサの姿は見なかった。
生暖かな湿った風が太一の頬を撫でる。空は今にも雨が降りそうな曇天だ。
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