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「…おおおっ!!すげー!」「バカ声でけーよ。公道だぜ?ここ」「プロなのかな~」「スカウトとか引っ張りだこだよねきっと」
遅れてやってくる賛美と賞賛と喝采。
ミサはそれに「どうもどうも」と手をかざして答えつつ、「これからも“ミュージシャンのいる喫茶店”をよろしく」と店の宣伝を付け加えてから機材の片付けに入った。
実はそれが店側の場所、配電設備の提供条件だったりする。
(まあ、金取られないから良いんだけど)
とか思っている彼自身白昼堂々無断ライブを駅で行った経験があったりするが、そこは目を瞑りたいところだ。
「…はぁ」
持ちつ持たれつ…大変だねぇ、と彼はため息をこぼしてしゃがみながらアンプの音量を落として端子を引き抜く。
ブツッと小さな音が後に続いた。
そして、霧消するため息と一緒に彼の元から幸福が逃げていった。
「あの、すみません」
背後から聞こえる女の声。
それは決して聞き取りやすくはないが、上品で湿り気を帯びた声だった。
艶っぽい声とも言い換えられるそれは明らかにミサに向けられていた。
彼は「ん?」と声の方を振り向いて一瞬呼吸が止まる。
「とりあえず……表へ出ろ」
その声は次の瞬間には平坦な音程に変わっていた。
「……もう表に出てるけど?」
「気が変わった。やっぱり中に入ろう」
「本当に君って突然現れるよね……桧子」
「長所」
「短所だよ」
長く凛とした黒髪をダラリと伸ばし、表情がまるでない引きこもりの女子高生。
彼の目の前には自分を見下すように橘桧子が立っていた。
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