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「ま、君の人脈ならハズレはないんだろうけど、面倒事は御免被るよ」
ミサは水をコップに注ぎながら前置きを置いた。
ここで言う面倒事ということに恐らく深い意味はない。
彼の基本的に面倒、強いては人間関係のもつれやしがらみを極端に嫌う性質から由来した言葉だろう。
「そういうのは多分大丈夫。ついで、ライブ先さえ教えてくれればその人の電車賃くらい払うわ」
「気が利くね。至れり尽くせりだ」
電車賃は払う…つまり季節限定パフェの分浮いた所持金で払うとなれば、正直微妙な気分だ。
が、そんな考えをおくびにも出さず涼しい顔でミサは水を飲み込んだ。
程よく溶けて小さくなった氷が頬の内側に吸い込まれる。
彼はそのひんやりとした清涼感が存外嫌いではなかった。
「詳しいことはその人に言っておく。それと、人を脅し回ってたことに他意はないわ。ごちそうさま。それじゃ」
そう言って桧子は席を立った。
「…ちょっと待ちなよ」
「何かしら?」
そして踵を返した瞬間呼び止められ、訝しげに振り返る。
「前から思ってたけど、こんな七面倒なことしなくても、昔みたいに君自身が着いてきてくれれば良いのに」
「……無理。今の私には」
嘆息しながら彼女は簡素な問いに答える。
「私はもう、絶えられない」
「……そりゃ残念」
店を出る桧子を見ながら、ミサはさして残念そうでもなく肩をすくめて伝票を手に取った。
自分のコーヒーと桧子のパフェとカプチーノ、計1890円。
遅めのティータイムにしてはなかなか痛い出費だった。
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