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一方でミサはスルリと太一の腕からすり抜けてぱんぱんとほこりを叩いた。
「それにしても偽善者か…確か、君以外にも俺をそう呼ぶ人間が1人いてね」
「……」
「そいつは君みたいに死にそうな人を助けようと必死で、勝手に同志だなんておかしな集団をつくって…」
「……」
「そのくせ俺に悪い虫を近づけまいと過保護になって、全く頼みもしてないのに勝手な奴だよ」
「……」
そこまで黙って聞いていた太一は無言でミサに背を向けた。
聞く必要はない。だから何だ。そんな具合に。
「だけど君は俺と共にいる。単に橘桧子のエゴでしかないんだけどね。立ち去る前に教えてあげるよ」
なおも足を止めない太一を意としないで、ミサは言った。
「『クソ偽善者の代わりに命を救え』桧子曰わくそれが君の役目らしいよ」
「……」
今度こそ太一は振り返ることなく森に入っていった。
いつから変わってしまったのだろう?
初めは嫉妬や憧れすら感じていた彼が今では人間として許せない偽善者になってしまっている。
歌がうまいのも、人の死が察知できるなんて特殊な力も今やどうでもいい。
モテるためとか、歌がうまくなるためとか、今の太一がここにいる明確な理由はもうなかった。
「柄じゃねーし、橘桧子の手のひらで踊らされてる感じが否めねーけど……一丁人助けと行きますか」
代わりにできた新しい理由を胸に抱きながら、太一は明かりのない森に消えた。
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