三章:夏叶[誓いの夜]

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窓からはこうばしい匂いの西風がすうすうと入り込み、カーテンを揺らし、カンカン蝉の鳴き声も入ってくる。 「翠、寝たの?」 カーテン越しに、さえちゃんが優しく声をかけた。 ややあって、返ってきたその声は、少しだけぼんやりしていた。 「……お母さん?」 でも、想像していたよりも遥かに明るい声だ。 それでいて、高貴で高飛車な翠のハスキー声だった。 「うん。花瓶の水、取り替えてきたんだよ」 さえちゃんが言うと、そっか、と安心したような声がすぐに返ってきた。 胸がぐっと締め付けられた。 18年間生きてきたけど、今ほど生きてて良かったと思った瞬間はないかもしれない。 カーテンの裏から、ハスキーな声がした。 「お母さん、見て。夕陽。きれいだと思わない?」 あたしみたい、と翠は相変わらずの文句を添えた。 「きれいだね」 とさえちゃんは言い、背後にいたおれと目を合わせてにっこり笑った。 「お母さん」 「なに?」 「さっきの話の続きなんだけどさ」 「そうだったね」 そう言って棚に花瓶を置くと、さえちゃんはおれの左肩をポンと叩いて、病室から出て行こうとする。 おれはとっさにさえちゃんの腕を掴んで、軽く引っ張った。 なんで出て行くの? 、と訊こうとしたおれの口を手でふさいで、さえちゃんは人差し指を鼻の頭に当てた。 シー、というジェスチャーをした。 意味が分からず首を傾げてみせると、さえちゃんは口パクで「バトンタッチ」とだけ言って、本当に出て行ってしまった。 カーテンの裏から、ちょっと気弱な、でも、やっぱり生意気そうな声がした。 「補欠、疲れてないかなあ」 カーテンを開けようとして左手を伸ばしたけれど、おれはとっさに引っ込めた。 今、カーテンを開けたらいけないような気がした。 「肩、痛くないかなあ。夏バテしてないかなあ」 ハスキーな声なのに、甘ったれ声に聞こえる。
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