三章:夏叶[誓いの夜]

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「補欠、元気だといいなあ」 今、そこに居る翠を壊してしまうくらい、強く抱き締めたくなった。 「試合、生で観たいなあ。補欠がマウンドにいるところ、観たいなあ」 そう言ったあと、翠はカーテン越しにクスクス楽しそうに笑った。 「あたしの意識が戻ったの知ったら、補欠、びっくりしちゅうだろうなあ」 腰抜かすかもね、と翠は言った。 こんな時でも、翠は悪戯好きなのだ。 びっくりしたよ。 そう言おうかどうか迷ったあげく、おれは言うのをやめた。 西風が、病室の空気をやわらかくしている。 「会いたいなあ」 そう聞こえたあと、少しの間、翠の声が途切れた。 ぐすぐす、鼻をすする音がした。 泣いているのだろうか。 「決勝、終わったら。補欠、会いに来てくれるかなあ」 あたしのこと、忘れてないかなあ。 もし、本当に優勝しちゃったらどうしよう。 補欠、女の子にモテモテになっちゃうかも。 もう、あたしに会いに来てくれないかも。 翠は涙声で、でも、強気な口調で、うわ言のように話し続けた。 「あたし、補欠の彼女で良かった。生きてて良かったあ」 もう、翠は泣いていない様子だった。 「お母さん、聞いてるの? いないの?」 何も返事がないことで、誰もいないと察したのか、翠は静かになった。 おれも何も言えずに立ち尽くしていた。 泣いてしまいそうだったからだ。 しばらく沈黙が続いて、突然、翠がわあっと声を出して泣き出した。 西陽に、翠の泣き声が混ざって溶けていた。 びっくりした。 どうしたらいいのか、分からなくなった。 ちょっと、尋常じゃないかもしれないと心配になった。 苦しそうに、切なそうに泣く翠の声を、おれは初めて聞いた。 泣きながら、翠が言った。 「会いたい……」 開け放たれた窓から、少し強い風がひゅうっと入ってきた。 カーテンの裾が、パタパタとはためいた。
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