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「失礼しま~す」
美術準備室に足を踏み入れた瞬間、油絵の具独特の樹脂を煮詰めた薫りが身体を包み込む。
その部屋の奥。
窓際にしつらえた木製の机に、顧問の宮脇先生はいた。
「あぁ、日下(くさか)くんですか。おや、芦屋(あしや)さんも、いらっしゃい」
「こんにちは、先生」
「おじゃましま~す」
栗色の髪にノンフレームのメガネをかけた先生は紳士然とした大人。
“男性”という言葉がとても良く似合うとわたしはいつも思う。
「あの、先生。例の件なんですけど……」
「あぁ、叔父さんのところでアルバイトをしたいという件ですね?」
にっこりと微笑みながら問い返す先生。
普段亮平という悪い男の例を目の当たりにしているせいか、その仕草ひとつでちょっとドキドキしてしまう。
残念ながら奥さんがいるらしいけれども。
少しはアイツにも見習って欲しいものだ。
「はい。どうでしたか?」
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