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一気に水を喉に通す八重ちゃんにシルバーのトレーで風を送る。
「ほんっとごめんね、八重ちゃん~」
気分が乗るとついひとりで突っ走ってしまうのがわたしの悪い癖だ。
「やれやれ、そんなことでこの店のバイトが務まるのかねぇ~」
む。
その嫌味たっぷりの口調は。
「草にぃ!」
きっ、と振り返りざまにらみつけたわたしの視線の先には長身の男の人。
意地が悪そうにちょっと吊った目が猫を彷彿とさせるこの人は、草にぃこと草太(そうた)お兄ちゃん。
お兄ちゃんといっても血のつながりはまったくなくって、単にそう呼んでるだけ。
「小遣い稼ぎは立派なこったけど、店にゃ迷惑かけんじゃねぇぞ?」
「わ、わかってるわよ。いっておくけどお店には草にぃがくるずぅっと前から出入りしてるんだから!」
「ほぅ、そりゃ楽しみだ。じゃぁ今後ぜひ色々と勉強させていただきましょうかねぇ、せ・ん・ぱ・い?」
むき~!
草にぃってばどうしてこう意地悪なことばっかりいうのかしら。
でもわたしはよく知ってる。
草にぃがこのお店に対してすごく真摯な姿勢で仕事してるってこと。
肩書きは一応“アルバイト”だけど、わたしの“アルバイト”なんかとはわけが違う。
薫叔父さんから全幅の信頼を得てるのだ。
実際、仕事中の草にぃはとってもカッコイイ。
これで普段あんな意地悪なことばかりいうんじゃなかったらちょっぴりときめいていたかもしれない。
真剣な表情の男性には年齢問わず乙女は弱いものだ。
「ま。どっかの誰かさんよりかは“無駄な出費”をしなくて済みそうだけど、な」
とここで、いわなくてもいいことをひとこと。
「それは誰のことをいってるのかしら?」
カランカラン、という入口のベル。
そこには栗色の髪の女性が。
「あ、まゆみさん!」
買い物袋を提げたその女性はここの看板娘だった。
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