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『お』→音
縁談。
今時、お見合いで結婚しますだなんて、時代遅れも甚だしいではないか。ただ、私も何も意識せずに承諾してしまった為、しない訳にはいかない。
母親が朝早くやって来たかと思えば、急ぎ二十歳以来着ていない振袖を着付けられた。正直似合ってるかどうかではなく、早く終わらせ断る気でいた為、断る理由を思案していた。
似合ってなければ、似合ってないで、断ってくれれば幸いだども考えていたのだ。
しかし。
そんな考えもすぐ様消し去らなければならなかった。
縁談の相手が入ってきて、目の前に座った瞬間、大きな声をだしてしまった。前に出会ったラフな恰好ではなく、黒いスーツに淡い赤のネクタイを締めた、彼女の旦那の親友がいたのだ。
あの、連絡先を聞くことを忘れ、話す事に初めて夢中になれた、あの彼が居たのだ。勿論、今更ながら、振袖など着なければ、いや、もっとドレスアップすれば良かったなどと思ってしまう。
しかし、彼は『綺麗ですね』なんていう甘い言葉で、私の雑念を一切合切、切り捨ててしまった。
二人の雰囲気を読み取った親達は、いち早く、お決まりの『若い二人に任せて』なんていう言葉を言って、出ていってしまった。
やはり、雰囲気は変わらず、柔らか、穏やかなまま過ぎてゆく。二人は、自然に交際をスタートとし、自然に恋仲になった。
彼は今までに無いものをくれたし、私も今までに無いものをあげられた。
柔らかな二人の空気は、甘く流れていった。静かに、ただ緩やかに。
ただ、緩やかすぎて、二人でいる時間が心地好すぎて、私はいつか悩んでいた『愛の言葉』なんてものは、忘れていた。
流されやすい性格だとは思っていたが、婚活パーティーに連れていってくれた友達に言われ、始めて気付いた。
お互い、『愛してる』も『好き』も、付き合い始める前も後ろも言っていないのではないか。
急に不安になってしまった私に、いち早く気付いた彼は、優しく問い掛けてくれた。私はゆっくりと、悩んでいた話をすれば、彼は、何故か大笑いしだしてしまう。
私は本気なのにと、そっぽを向けば、彼は笑う目元から出てくる涙を拭き、後ろから優しく私を抱きしめる。
優しかったはずの力は、段々と強くなって、彼はようやく口から、ある言葉を呟いた。
優しく私の耳元で、それも消え入るような、弱々しい声で。
「愛してる」
と、囁いた。
..............end
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