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「……ねえ、聞いてる?」
この時、彼女はようやく、鈴木に話しかけた。その顔には、不信と不満が表れている。鈴木は少しだけ、上機嫌になった。帰り道に入ってから初めて、彼女は鈴木に話しかけたのだ。こみ上げてくる笑みを抑えられないまま、もちろん聞いてるよ、と小さく答えた。彼女はあまり興味なさげに、そう、とだけ言った。落ちている犬の糞を避けると、夕焼けはいっそう、輝きを増した。
彼女がまたひとりで話しだす。鈴木は残念に思って、口を塞いだ。退屈な時間は意外にもすぐに終わり、彼女が入っていった家の前で、鈴木は悲しくなった。もっと彼女と、喋りたかった。今日はなんだか、最悪な日だな、とも思った。卑猥な張り紙がされている電柱を、鈴木は力いっぱいに蹴りつけた。痛みは、少しだけ悲しみを紛らわせてくれた。夕焼けは、沈みかけてなお、より強く光を届けている。おれはかなり、頑張ってるよな。呟いて、鈴木は自身の帰路についた。
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