夕焼けロマンチスト

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「どうして、どうして!!」 彼女は叫んでいる。ああ、騒がしくなってしまった。鈴木は後悔するとともに、傷一つない車体に感心した。体格のいい運転手は、慌てながら携帯に向かって叫んでいる。 「人を、人をはねてしまったんです」「落ち着いてください。場所を教えてください」「私は何もしていないんです。勝手に飛び出してきたんです」「落ち着いて。今いる場所を、教えてください」「本当に、私がはねたんじゃないんだ!」「落ち着いて。落ち着いて」きっと、こんな会話を交わしているんだろう。冷静な警察官を想像して、鈴木は吹き出してしまった。よく見ると、吹き出したのは赤黒い血だった。 彼女は泣き叫んでいる。しかし、あたかも綿が詰められたように、耳が遠くなっていく。もう、何も聞こえない。 鈴木は、開けっ放しだった目をようやく閉じた。視界が無くなる。真っ黒になる。 何もない暗闇は、夕焼け色の光に染まっていた。鈴木はその光を追うように、ふらふらと歩き出す。空もまた、夕焼けだ。やかましい音楽はない。わずらわしい退屈もない。鈴木は少し、上機嫌になった。 やはり夕焼けは、夕焼け色で間違いなかった。
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