真道実

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お、学も来たか。 俺はパンを抱えたまま右手を挙げ、眼鏡をかけた男にあいさつした。 彼は数谷学(かずや まなぶ)。 切れ長の目の学年2位の秀才だ。こいつも野球部なので、坊主頭だ。 背は俺より少し高く、すらっとしている。 彼のメガネに坊主というアンバランスさがいいって言う女子ファンが多いらしい。 今も黄色い声が上がり、ちょっとした騒ぎになっていた。 購買のお姉さんはお釣りが五十円のところを百円玉で返してきた。 締まりのない顔をして、間違いにも気づいていない。 ラッキーラッキー。 学はスマートにコーヒーを買ってきたので、俺達は連れ立って教室に戻り始めた。 目下のところ、俺のクールな男の理想はこの学だ。 本人は自然体に振舞っているのがまた、かっこいいのだ。 俺は対抗して無気力さに磨きをかけるべく、猫背の角度を深くし、瞼を下げた。 傍から見ると、ただの陰険な坊主に見えることなど露知らず。 前を行く語の声が響く。 「え~~やっぱみんな変わってるなぁ~。学校に何しに来てるんだよ~?」 語は両腕いっぱいのパンを抱えながら言った。 「少なくとも飯を食いには来てないな」 うん、その通り。 俺は将語の言葉に無言でうなずいた。 学も「同感だ」と言って笑っている。 「えぇ~! 人生の喜びの三分の一は食べることだよ~!?」 「願わくば、俺らの人生においてはもう少し、喜びの種類が多彩であってほしいもんだぜ」 俺がそういうと、学と将語は声をあげて笑った。 友人との価値観の乖離にショックを隠しきれない様子の語を押し込むようにして、俺達は教室に入っていった。
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