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部屋を飛び出し、リビングに駆け込むとくたびれた黒のスーツを脱いでいる父さんがいた。
「おう、ただいま実」
「ごめん! まだ飯作ってないんだ。大急ぎで作るから待ってて!」
いそいそと準備を始めたが、父さんに止められた。
「ああ、いいよ実。もう八時だし、今夜はカップ麺でいいだろ」
父さんは成長期の俺を気遣って自分が食事当番の時はあんまりインスタント食品は使わなかった。
それなのに……。
「ごめん」
「おいおい、気にするなよ」
父さんが気遣うように笑った。
笑うと目じりの皺が深くなり、年齢を感じる。
白髪の量も増えたし、休みの日も疲れたような顔をしていることも多い。
ここ二、三年、キャッチボールもやっていない。
中坊の頃の俺にとってはまだまだ準備運動程度の距離だったのに、父さんが肩の痛みを訴えたからだ。
父さんは笑っていたが、俺は動揺していたのを覚えている。
たぶん、今の俺が毎日しているであろう成長とは真逆、父さんがその渦中にいる、老い。
俺と父さんは一日一日、距離が離れていっているような気がして、漠然と怖かった。
そんな俺の胸中などしらず、父さんはでかいくしゃみをして鼻をかんでいた。
スーツを脱いでパンツ一丁だ。
なんで親父という生き物は、着替えを中断するのだろう。
俺はソファーに脱ぎっぱなしのパジャマを掴んで父さんに渡した。
それを危なっかしく履きながら、父さんは言った。
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