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傷つける。
それは、永遠亭での、ちょうど昨日とは思えないほど昔に感じる昨日の出来事を言っているのだろう。
赤い月。
満月。
妖怪を狂わせると言うその光に酔わされて、フランは暴走した。
嫌々、とは言えないかもしれない。
破壊活動は、もともとフランドールの理念であって、根源であって、発端である。
行動を起こすにあたっての基本的な理由──詰まるところ、本能だ。
しかし、人間と言うものは──知性があるものは、それを理性によって抑制する。
抑制しなければならない。
必要なことであり、絶対なことだ。
秩序の内側に存在したいと願うなら、それはせねばならないことなのだ。
だから、僕は本当は、フランドールを許してはいけない。
たとえ、あの暴走が赤い月によるものだとしても。
あれは、彼女を普通の女の子にするはずだった“僕のせい”なのだから。
赦されない。
フランドールの罪は、僕の罪だ。
「心配してるなら、心配ないさ」
僕が言えることじゃないけれど、フランドールを殺しかけた僕が言っていいことじゃないけれど、言った。
レミリアが僕の代わりに言ってくれるほど気の利くやつでも甘いやつでもないと知ってたから。
「フランが願うなら、僕が手伝う。もしお前が暴走したらその時は──」
僕が止める。
そう言おうとして、やめた。
やっぱり、怖い。
昨夜のように、フランドールを殺そうとしてしまうかもしれないと思うと。
きっとあれは、何か悪い力が働いたのだろう。
そう思う。
みんなだって僕を責めたりなんかしなかった。
あんな月だったから、何が起きてもおかしくない。
そんな風に、うんの悪い事故だったと言うように、みんなは僕を責めなかった。
弁解のつもりはない。
そのはずなのに、誰も咎めてくれない。
だから、事実が薄れて、いつのまにか忘れて、忘れたときにまた同じ、もしくはそれ以上のことが起きる。
そう思うとどうしようもなく──怖い。
「お兄ちゃん?」
しおらしい眼差しが向けられて、はっとする。
「ああ、ごめん、フラン」
「どうしたの? 明るくなったり暗くなったり。なんだか朝時々夜みたい」
「ははは……」
力なく笑う。
悪いけど、フランの言葉で笑ったわけじゃなかった。
ただの間繋ぎだ。
僕は迷ったあげく、こう続けた。
「フラン……僕から離れないでくれ。そして──近づかないでくれ」
矛盾した願い。
けれどフランドールを守るにはそれしかなかった。
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