始 <ハジマリ>

3/6
前へ
/317ページ
次へ
時計の長い針が二回り程した後――。 「朝、か……」 ため息交じりの落胆した声と共に、ベッドの中から赤い髪の男がゆっくりと起き上がった。 彼は両手で髪を掴みながら、かき上げる。 額から一筋の汗が光っていた。 彼の名は、アーク。 この部屋の住人だ。 彼はベッドの上から部屋の端を見つめ、何かを考えていた。 そして、しばらくすると、彼はおもむろに立ち上がり、床に散乱したCDケースをふらふらと避けながら、キッチンへ向かった。 冷蔵庫から大きなビン入りの牛乳を取り出し、一気に飲み干す。 そして、握っていたビンを勢いよく、調理台の上に叩き付けた。 空になったビンに自分の姿が微かに写し出される。 赤い髪。 赤い眼。 頬に走る黒い刺青。 激しい音の後に広がる静寂。 自分の吐息しか聞こえない部屋。 ゆっくりと冷たい水滴が彼の左手を濡らす。ゆっくりと頭が動き始める。 彼は空ビンを凝視しながら、昨晩のことを思い返した。 彼には決して誰にも言えない秘密がある。 それは、彼が『死神』であるという事。 『死神』とは、人間の魂を肉体から切り離し、回収する者。 つまりは、人間に絶対的な死を与える義務を負う者のことである。 しかし、この世界の人間は、その真の存在を知る者は殆どいない。そして、その義務は変わることはない。 今も、昔も、そしてこれからも。 「化け物……か」 潤いを取り戻した唇が、微かに動く。何度言われようとも、いつまでも耳に残る。 そして、響くのだ。 彼の視界は黒く狭くなってゆく。 しかし、顔を左右に振り、眠気を払う。 そして、氷のように冷たい手で、右頬を撫でる。 黒い、黒い、刺青。 一生消えない、死神の証。   
/317ページ

最初のコメントを投稿しよう!

790人が本棚に入れています
本棚に追加