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時計の長い針が二回り程した後――。
「朝、か……」
ため息交じりの落胆した声と共に、ベッドの中から赤い髪の男がゆっくりと起き上がった。
彼は両手で髪を掴みながら、かき上げる。
額から一筋の汗が光っていた。
彼の名は、アーク。
この部屋の住人だ。
彼はベッドの上から部屋の端を見つめ、何かを考えていた。
そして、しばらくすると、彼はおもむろに立ち上がり、床に散乱したCDケースをふらふらと避けながら、キッチンへ向かった。
冷蔵庫から大きなビン入りの牛乳を取り出し、一気に飲み干す。
そして、握っていたビンを勢いよく、調理台の上に叩き付けた。
空になったビンに自分の姿が微かに写し出される。
赤い髪。
赤い眼。
頬に走る黒い刺青。
激しい音の後に広がる静寂。
自分の吐息しか聞こえない部屋。
ゆっくりと冷たい水滴が彼の左手を濡らす。ゆっくりと頭が動き始める。
彼は空ビンを凝視しながら、昨晩のことを思い返した。
彼には決して誰にも言えない秘密がある。
それは、彼が『死神』であるという事。
『死神』とは、人間の魂を肉体から切り離し、回収する者。
つまりは、人間に絶対的な死を与える義務を負う者のことである。
しかし、この世界の人間は、その真の存在を知る者は殆どいない。そして、その義務は変わることはない。
今も、昔も、そしてこれからも。
「化け物……か」
潤いを取り戻した唇が、微かに動く。何度言われようとも、いつまでも耳に残る。
そして、響くのだ。
彼の視界は黒く狭くなってゆく。
しかし、顔を左右に振り、眠気を払う。
そして、氷のように冷たい手で、右頬を撫でる。
黒い、黒い、刺青。
一生消えない、死神の証。
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