始 <ハジマリ>

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アークは学校に通っていた。 しかし、彼の場合何十回目の学校生活である。 死神は人間と寿命が違う。 生きることの出来る長さが違い過ぎる。 ただ、身体が成長しないことには、昼間の行動は制限されていた。童顔な彼はどうも学生にしか見えない。 変に行動しなければ、厄介なことに巻き込まれずに済む。 警察とか軍隊とか狩人とか、そういう人間的な組織とは極力関わりたくない。 彼は髪の毛を整えながら、ため息をついた。 何度卒業しようと、終わりの見えない学校生活が続く――。 “あと何十年かの辛抱だ” いつもそうやって、自分に言い聞かせる。 足枷。牢獄。 いくらでも学校を揶揄(やゆ)する言葉が見つかる――。 彼はモヤモヤしながら、制服のネクタイを結んでいた。 手慣れたものだ、と素晴らしい出来に苦笑しながら、引き出しから絆創膏を取り出す。 大きくて、あまり目立たない色。 そして、例の刺青を隠すように貼り付けた。 勿論、死神だなんて秘密だ。 誰かに教える気など、さらさらない。 嘘も完璧に塗り固めて生きてきた。何を問われても、何食わぬ顔で答えることができる。 “いいえ、ただの傷です。誰にも見せたくないので隠しているのです” 眼を伏せて、あたかも暗い過去を抱えているような顔をすれば、誰もそれ以上は聞いてはこない。 しかも、『一人暮らし』という、訳アリそうな条件は既に満たしている。 ある人が言っていた。 誰もが人に知られたくない秘密を持っている。 しかし、人々はその秘密を知りたがるが、決して美しくも儚くもない。 醜く、恐ろしいものが大半である、と。 なんともその通りである、とアークは深く頷いたものだ。 秘密は秘密だから秘密なのである。誰かと共有したからと言って、楽になるはずもない。 最後に彼はノイズしか、聞こえないラジオの電源を切った。 床に置かれたラジオは、無数の細かい傷は有るものの、さして大きな故障はない。 そして彼は軽い鞄を持って、部屋を出ていった。 ただ、ベランダに通じる大きな窓を締め忘れたらしく、添えられたカーテンが静かに揺れていた。  
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