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ここは、江戸場末の賭博場。
威勢のよい「親」の声が響く。
「「丁!!!」」
「「半!!!」」
それぞれの賭ける声が怒鳴りあって札を出す。
そんな中、黙って
《ス…》
と「丁」に札を出す蓬髪の男。
「さぁ!さぁ!さぁ!いくよ!!」
結果は、
『丁』
黙って札を出した男は、これまた黙って賭金を受け取ると、席を立つ。
と、後ろから声がかかる。
「ブンさん、もう上がりかい?また当たったな」
ブンジ…その男は、黙ったまま指を3本立てる。
「‥?(何のつもりでやがんだ?)」
「ああ、3回はスッたってぇことかい。(結局はいつも儲かってる癖に、癪に障る野郎だ)」
文次はそのまま、黙って賭場の外へでる。
文次の無愛想に馴れている賭博仲間は、もう次の賭けに入っていた。
文次は「人」ではない。
『さとり』という「妖怪」である。
いかさまの多いこの賭博場では、「人」の考えを会話の様に聴こえる文次にとって、いともたやすく稼げる場所である。
ただ、勝ちだけでは疑われる。
だから、たまに敗けてやる。
陽が、傾きかけていた。
(酒(ささ)でもこうて、キチジと飲もうか…)
キチジもまた、江戸で「人」に紛れて暮らす「妖怪」である。
文次は「キチジ」にしか伝わらない呼びかけで、ここからはちょいと離れた繁華街にある、江戸随一の名代の呉服屋「越後屋」のキチジを酒盛に誘う。
さて、それより三刻程前の越後屋では吉次がちょいと気になる話を客から聞いていた
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