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江戸に数ある「越後屋」の中でも、最も大きな呉服屋。
そこで売り子のキチジはお客からこう聞かれて少々驚いた。
「「さくらや」…と申しますと、柳池のほとりのお店(たな)で御座いますか?」
「そ。一人娘が死にそうだってんで、もう大騒ぎさね。」
「それは…難儀にございますねぇ。」
「そう言いながら、吉次さんはいつも笑顔じゃないか」
「これは生まれつきに御座いますよ、ご隠居様」
笑顔どころか、内心穏やかではない。
(河童殿が?まさか)
周囲には、下りものと呼ばれる西方からの見るも麗しい反物がいくつも広げられている。
「お上がさ、事と次第によっては、柳池を埋め立てると」
「埋め立て?!それは豪気に御座いますね」
江戸の町はとても人が多く、そのため埋め立てられてできた土地が数多い。
とはいえ、結構な工事である。
小料理屋の、それも一人娘とはいえいきなり埋め立てとは理由が幾らなんでもちょっと強引ではないか?
「…って、今日のかわら版にあったんだよ」
笑いながら、上客である「ご隠居」は
「じゃ、この反物で揃いの小袖を二人分頼むよ」
そういって、反物の中から桃の華やかな反物を指した。
「あい。では、どのように…」
柳池の話はそれきりとなり、小袖についてひとしきり打ち合わせを行う。
「…あい。承知致しました。いつもありがとう御座います。」
吉次は笑顔で…といっても始終笑顔なのだが…「ご隠居」を出口へお見送りした。
ご隠居の姿が見えなくなってから。
吉次は笑顔のまま、思案にくれた。
(にしても、おかしい…)
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