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あれから何度季節は巡ったのだろうか?春が過ぎ、夏が過ぎ、秋が過ぎ、冬が過ぎ……キオクが廻る。
朝から太い幹にくっ付きジージーと鳴き続ける蝉達。枝の先々まで緑色に彩る葉。うだるような暑さは陽炎を生む。今、季節は夏になる。
人間達は確実な進化を遂げていた。姿形は変わらない。だが、これを進化と呼ばずに何と言う?
粗末な草と木で出来た家屋は形を変え、木だけではなく、所々に金属と呼ばれる物が使われ、より丈夫に、大きくなっていた。
そこに住む人間達は、『武士』と呼ばれ、腰に刀と呼ばれる物を差してる。
顔からは、いつかの人間達のような雰囲気は感じられなかった。涙は無く、逆に豪快に笑う。そんな気性をした生き物になっていた。
ある時、武士と呼ばれる男が話しかけてきた。
「アンタは幸せだな……」
その声が酷く憂いを帯びていたのを覚えている。
オマエハシアワセデハナイノカ?
その問いに微笑を浮かべながら男は答えた。
「俺は幸せになっちゃいけないんだ……主の為、家族の為、大義名分を掲げて人を殺した。今でも手に感触が残ってる。人の人生を勝手に終わらせた俺に、幸せになる権利は無い」
それは意味が分からない言葉だった。この男は人を殺したと言う。だがこの男も人だ。つまり同族で殺し合った。生物としておかしな行動ではないか?
「ははっ、明日にはまた戦場だ。つい告白しちまった……まぁだから俺の罪が軽くなるわけじゃないけどな……」
そう呟き、男は背を向け歩き去った。その背中は酷く小さく見えた。
何度か昼夜を繰り返し、風の便りでその男の首が隣りの村で晒されている事を知った……
もう人間は見たくない。私は意識を手放す事にした。
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