プロローグ

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私は初め、瞳を瞑り横たわっていた。 すぐ目の前は真っ暗で何も見えなかったが、右肩から膝に掛けて床に身体を付けている感触と、重心の傾きでそう感じた。 耳を済ますと、しんとした静けさの中で、ヒューヒューというか細い空気の音だけが聞き取れた。 何の音かは定かでなく、どの位置・方向から聞こえたかも分からない。それを確かめようにも身体は微動だにしなかった。 それでもぼんやりとした意識の中で周囲の状況を探ると、一面真っ暗のモザイクが掛かっているように見えた視界が鮮明になっていき、目の前でちらつくように揺れ動く黒い煙と、何かの紅の輝きが見えた。どうやらうっすらと瞼を開いているようだ。 すると…やがて、煙の向こうに蠢く影が見えた。 それは寝そべっているはずの私の目線とそう高さも変わらず、一向に聞こえない音を表現するならば「ずるずる」と言うほどの緩慢な動作でこちらに這い寄ってくる。 人影だ。 しかも私と同じように床に肢体を投げ出したまま起き上がる事も無く、立ち込める煙幕の中を文字通り手探りで進んでいた。 もう目と鼻の先と言うほど近くに居るのに、煙に遮られて姿が見えない。紅の光は私の背後から囲むようにその輝きを増しているが、それより目の前の人の面影が照らし出されはしないだろうか、と無性に気になった。 明らかに異質で、重苦しい静けさに支配された環境の中で、微かな空気の漏れる音だけが鮮明に鼓膜に伝わっている。 よく耳を済ませて聞くと、その何者か一人のものじゃない。私のもの、でもあるのだろうか? それだけじゃない、私は確かに聞いた。他に気配を感じる事は出来ないけれど、数名の息の零れる音が響いている。 ただ、私や目の前の何者かの音に比べるとそれは今にも消え入りそうな、それほどか細く感じられるものだった。
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