5月14日(月) 昼

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放課後なのに、衣玖さんの教室は、いやに静かに感じた。 それは衣玖さんが読書に耽っているせいだろうか。 紅く照る夕陽をバックに窓際の自席に腰掛けて、机の上に広げた本のページを綺麗な指先がゆっくり捲る。 その姿は、邪魔してはいけないような神聖なものに見えた。 彼女が目を伏せて本の挿し絵に眼差しを向ける姿、それはとても絵になった。 でも、なにより見守りたいと思わせるのは、彼女の情熱だ。 物語に感化され、瞳孔を細め、見開いた目を血走らせ、唇の端を歓喜にヒクヒクと吊り上げる、その生々しい表情だ。 そういう意味で、読書をしている時の衣玖さんは、…えー、何というか、無我の境地に達している。 笑う(妖笑)。 まるで初恋の相手を前にした少女のように。 彼女はいつまでその愛情を守っていけるのだろうか。 ちなみに、衣玖さんが読むのは、イクテン合同誌の官能小説だけだ…。 ようやく放課後になっている事に気が付いたのか、顔を上げて時間を確かめた後、同人誌を閉ざした。 それと同時に教室内の生徒の頬は、興味本位が過ぎたための恥じらいで真っ赤に染まる。 そして「もうお嫁に行けないっ」「ふぅ…」「てんこあいしてる」などと口走りながら、情熱のパトスを振り撒いた余韻の残る教室から、皆が一目散に駆け出していった。 人の流れが収まると、衣玖さんは私達の姿を認めて歩いてくる。 その表情は、いつになく活き活きとした充足感に満ち溢れていた…。
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