プロローグ

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聞き比べてみると、周囲の気配よりも、私よりも、その人影が発する呼吸音は落ち着いており、強いものを感じた。 その人は、この静寂の世界の中でも確かに生きている。辺りに広がり私達を包もうとする、紅蓮の煌めきよりもさらに強く生命の火を灯して 、一歩ずつ、一歩ずつ、片腕動かし這い寄るのを続けていた。 私はこんな状況の中でも驚くほど冷静に、床に身を投げ出して横目でその様子を見ていた。こちらに震える手を突き出して辺りを探っている様子は、まるで助けを求めてもがいているようにしか見えない。 しかし、そうじゃない。世界が暗転し始めて、紅の光さえ闇に呑まれ周囲の視界が閉ざされる前に、声を聞いた。 「迎えに来た」 上手く聞き取れなかったが、その一言は耳に残った、という強い確信を感じられるに至った。それから程なくして、やがて私も意識を果てない闇に奪われていった―――。 ………。 先程目の当たりにしたばかりの鮮明なビジョンも、さらに深く長い眠りの末には、胡蝶の夢の如く…露に消えてしまった。
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