灰色な中学時代~序章~

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僕が図書室に入り浸るようになったのは六月の前半頃だったと思う。 梅雨の影響で連日豪雨が続く中、たまたま晴れた日の放課後、鮮やかな夕日が眩しい図書室で彼女に巡り会った――というよりも一方的に彼女の存在を知った。 胸元についたプラスチック製のネームプレートには寺野沙織という名と、赤の学年色から僕より一つ年上の三年生であることはすぐにわかったが、逆に言えばそれ以外の情報はまったくわからなかった。 こんな時友達がいれば相談できるのにと、悔やまずにはいられない。 彼女は僕が図書室に入り浸るずっと以前から図書室の住人だったらしく、いつも放課後の夕暮れを照明にして読書を楽しんでいた。 決まって放課後の図書室にいるのは僕と彼女だけ。 時折、図書室に迷い込むように本の貸出や返却を望む来客もいるのだが、彼女は誰とも言葉を交えず、淡々と怠惰に、仕事をこなして読書に戻ってしまう。 中にはナンパ目当てな人もいたけれど、根気の良い人でも一週間保たず、脈の皆無な彼女の態度に耐えきれなくなり、図書室から去っていく。 結果として、僕と彼女だけの沈黙が支配する世界は平和を築き続けた。 ――――情けないな人達だなぁと、こっそりと毒づくこともあったが、今思えばそれは無意識の嫉妬だったのだろう。 夏休みに入る少し前のこと、ふと夏休み中は図書室に彼女の姿は無いのでは?と考えたとき、胸に去来した切なさと苦しさに僕は心底驚いた。 不安渦巻く心のまま体育の苦手なインドア派の僕としては信じられないことだが、汗水垂らしながら全力全開で、息を切らせ、足をもつらせながらも炎天下の中を走った。 精魂尽き果て、ふらふらでボロボロな僕が図書室の扉を開け放ち、目にしたのは、何食わぬ顔で読書をするいつもの彼女の姿だった。 その時、僕は会話もしたことがない彼女に恋していることを痛感した。 だけど、僕は季節が夏から秋に移り変わっても、彼女に対してアプローチはしていない。
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