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1989年・春。
雪深い兵庫県北部・但馬の地にも、ようやく柔らかな日差しが降り注ぐ、ゴールデンウィーク直前の土曜日。
結婚式場はなごやかな笑い声に満ちていた。
大安吉日と相まって、ロビーには数組の式に、参列する人々で賑わっていたが、一際華やかなグループが、多くの視線を集めていた。
二十代半ばと見える八人程の振袖姿の女性陣の発するオーラ、と呼ぶに相応しい華やかさの中心に、一際目立つ女性・広瀬小雪がいた。
白地に色鮮やかな紅葉模様は裾から胸元にかけ徐々に紅色から若緑にうっすらとグラデーションがかかり、所々に金糸と銀糸で見事な鳳凰が刺繍されていた。
肩にかけての白地部分には細かな織りが入っている。
帯は金糸と銀糸のみで織られた鳳凰柄の西陣織りの袋帯で圧倒的な豪華な出で立ちだった。
髪型も彼女だけありきたりなアップではなく、結い上げた髪から長い三つ編みと、白いビーズと生花のカスミ草を右肩に流していた。
かなりの小柄だが、色白と撫で肩のお陰で、派手な和装も違和感がない程、美しい女性だった。
彼女達はとにかく賑やかだった。他の式の参列者の若い男性達も小雪達に果敢に近づいては、軽くあしらわれる程、女性陣の結束は固かった。この八人とこれから挙式を挙げる花嫁とは女子高以来の仲良しグループで、自分達の事を「内輪会」と名付けていた。
ある意味、親兄弟以上の結束力を持ち、誰かに何がしかの問題が起これば、皆で知恵を絞り合い、とは云っても年頃らしく恋愛についてが、家庭や仕事の悩みを上回っていたが。
小雪は先程から熱い眼差しに気が付いていた。
どこかの式の参列者の一人であろうその男性は、臆する事無く真っ直ぐな視線を小雪に向けていた。
それ程大柄ではないが、引き締まったしなやかな 身体付きは、礼服の上からも見て取れた。
浅黒く日に焼けたシャープな顔立ちに、少し大きめな瞳には、強い何かを感じられ、小雪はその視線に敢えて気づかない降りをしていた。
ふと気を抜くと、その瞳引の中に引き込まれてしまいそうな気がしたからだ。
唐突に式場のアナウンスが響く。
「工藤家・滝家にご出席の皆様はご用意が調いましたので、披露宴会場へお移り頂けます様、お願い申し上げます」
小雪はあの激しい視線から逃れられる安堵感と共に、奇妙な寂しさを感じながら、披露宴会場へと向かった。
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