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そういや、前の彼女も爪を気にしてたな、よく……。
ユキは俺の視線に気付いたのかテーブルに小走りやってきて、ワインの注がれたグラスを手にした。再びユキと乾杯する。ユキの爪は今日は淡いオレンジ色だった。口紅も同じような色。派手過ぎず似合ってると思う。
ユキの手料理は旨かった。いつも食ってる社員食堂のオバチャン並に旨かった。よく、胃袋で掴め、とか言うけど、そう思った。今夜だけでなくまたユキの手料理を食べたい。
僅か数日で将来まで考えた、なんて言ったらユキは引くだろうか、そんなことを考えながら食って飲んで話をする。今年は雪の降りが遅くてスキー場のオープンが危ぶまれた、とか、今年は初っ端から雪質がいい、とか俺はスキーの話ばかりしていた。酒井みたいに芸能人の話でもしてやれば喜ぶのかもしれない。でもスキー馬鹿の俺にはそんな引き出しもなく、ユキの顔色をうかがう。ユキはつまらない俺の話を頷きながら聞いている。
「ユキも喋れよ」
一方的に自分が喋っていたことに気付いてユキに話題を振った。困った顔をしながら、このスキー場に来るまでの経緯を話し始めた。親父さんが3年前に亡くなって、ようやくスキーをする気持ちになれたこと、5年もしがみついた調剤薬局でようやく正社員になれたこと、満額支給されたボーナスで道具を新調したこと、スキー雑誌で見掛けた板に一目惚れして板を注文したこと、それに合わせて発売されたブーツもウェアも飛び付くように買ったこと、そんなことを目を輝かせてユキは話してくれた。
俺は嬉しかった。自分の開発した板をこれだけ気に入ってくれて、大枚はたいて買ってくれて、舞い上がるような気持ちだった。まるで神が俺達を引き合わせるためにユキをこのスキー場に連れて来たのだとさえ感じた。漫画でもドラマでもあるまいし、と客観的に自分の頭に言い聞かせつつも俺はユキに没頭した。
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