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 俺は早く飯を食い終えて、早くここを出ようと思った。ユキとは友達でいよう、異性のスキー仲間でいようと思った。下手に恋仲になって悩むより、友達でいるべきだと無意識に思考を巡らせていた。多分トラウマから来る、逃げ。  俺はユキの話に頷きながら飯を掻き込む。本当はもっとゆっくり味わいたかった。でもそんなにのんびりしてたら、何事もなく帰れる自信が無かった。ユキが握った焼おにぎりの、指についた一粒まで残らず舐めて合掌し、ご馳走さまでした、と頭を下げる。 「……」  頭を上げてユキを見る。ユキは何も言わず俺を見つめる。嫌な沈黙。 「い、いまデザート用意するね」  ユキはそう慌てたように言うと、空いた皿を手際よく重ねてミニキッチンへ行く。ユキの後ろ姿。ワンピースはぴたりと体について曲線を見せる。そこから伸びる足はタイツで素足は見えないけど形がくっきりと見えた。俺は目を逸らして窓を見る。雪は降り続いて、明日にはまた一面の銀世界だろう。俺にとっては日常だけど、ユキにとってはほんの一時期の休暇の光景。  コトンとテーブルに何かを置く音がして振り返ると、ユキが直径20センチはある焦げ茶色の物体を乗せた皿を置いていた。甘い匂いにチョコケーキだとすぐに分かった。 「これ、作ったのか?」 「あ、うん。オーブン無いから炊飯器だけど。生クリームも無くて板チョコとコーヒーのクリームで作った。初めてだから自信ないんだけど」  炊飯器を使ってどうやって作ったかは分からない。ただこれだけのものを作るのに余った食材じゃないのはすぐに分かる。ユキはきっと材料をわざわざ買って作ったんだと思った。俺の好きなチョコケーキ……。俺はモルモットか、と笑いながらケーキにかぶりつく。うん、美味い、と食べる。ユキも食えよ、とユキにも取り分けたがユキは食べる俺を見つめて手を付けようとはしなかった。  .
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