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照れ臭くて目をつむる。頬には小さい嘴が当たる。くすぐったくて肩を竦めた。ユキもこんなふうに父親にキスしたんだろうか、父親もこんなふうに肩を竦めたんだろうか。こんな家族を俺も築く日が来るんだろうか、ふと昨夜のユキが脳裏をかすめる……。
菜々子ちゃんに緩やかな斜面を滑らせる。去年の感触を思い出したのかスムーズに曲がれるようになり、リフトに乗せる。眼下のゲレンデにユキの姿を探すが見当たらない。他のコースにいるのか、もう帰ってしまったか。もうこのスキー場には来ないのだろうか、ユキを見るのは昨夜が最後になるのだろうか。その方がいい、ユキとは縁がなかったのだ。所詮俺は非日常のリゾートの住人で、ユキのいる下界とは異次元の人間なんだ。
午前のレッスンを終える。菜々子ちゃんのご両親から昼飯の誘いを受けた。多分、事故を気にして誘ってくれたのだとは思う。でも昨夜の騒ぎの寝不足で食欲もなく、モヤモヤとした気分を晴らしたくて、誘いを断り一滑りすることにした。
菜々子ちゃんの家族は去年春スキーに来た。菜々子ちゃんにスキーを教えようと暖かくなる3月末を選んだ。しかし帰り道、あの坂で事故っていた車を避けようと急ハンドルを切り、スリップして路肩に突っ込んだ。2台後続で走っていた俺は事故もスリップも目の当たりにし、すぐに車を降りて状況を見に行く。このスキー場からの1本道、どの車も客か従業員。それは頭では理解していたけどスリップした車の中で泣く菜々子ちゃんを見てびっくりした。
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